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日記

 赤いトウガラシこと、ドカッティ1000DSがあと300km程で、購入後の走行距離が1万キロになる。この文もその時、祝1万キロの題で書く予定はしていたが、少し早めることにした。

 それは10日間ほど修理入院していたからである。修理でバイクを工場に入れたのは覚えている範囲ではバイク生活史上初めてである。それも派手なスピードを出した事故ではなく、いわゆる立ちごけと言えるほどの低速で。

 その日私には驕りがあった。自宅から会社まで300m程の距離だからと、普段は絶対しないハンドルのミラーバーに紙袋をひっ掛けてスタートした。ハンドルが自由を取られるケースもあるので危ないに決まっているので普段することはないのだが、その近さから気軽に掛けてスタートしたのである。

 右のハンドル側に紙袋を掛けたのであるが、右カーブでは右ハンドルが下側に傾くので問題はなく第一カーブは曲がった。次の第二カーブは左カーブ。右ハンドル側は上に上がるのでそこで袋がブレーキを閉めてしまい、カーブの途中でストップ。傾いていた車体はそのまま左下に転倒。そこで左レバーのクラッチが半分に折れてしまう。気を取り直して、発進して次の右カーブは前と同様に難なくクリアーするものの、幹線道路の左カーブで転倒しそうになるものの、左足を出して踏みとどまる。そして、最後の会社の置場に入れるための左カーブでまたもや左側へ転倒。半分残っていたクラッチレバーも数センチを残して二度目の骨折。ついでに左ステップも曲がってしまった。

 教訓。①バイクを乗るときは慣れ・驕りは禁物。特に近場ほど油断はするな。②イタリア製は部品が脆い。費用は高い。

投稿日:2018/12/05   投稿者:-

  今年も薪ストーブの季節になった。入れてから10年目となるが、今年初めて吸気と排気の説明を専門家から受けて、なるほどと思った次第である。今まではストーブにそのようなレバーがあるのは当然知ってはいたが、効果がある物とは思わず使わなかった。これは車に例えると、ローでスタートしてから高速道路までそのまま走っていたようなもので、燃費の悪さはこれにせいだったようだ。スタートで吸気と排気を最大にして、木に完全に燃え移ったら徐々にそれらのレバーを絞って行き、炎をボウボウ状態からユラユラ状態に変える。その状態ではストーブ本体の温度も上昇し、扉を開けての木の投入頻度も減る。そうすると、ススの室内への侵入も減るので、部屋の空気と壁天井は汚れにくい。寝る前に大きめの木を投入しておくと、深夜までユラユラ燃やしておけば、朝方でも室温は暖かいままである。知らないとは恐ろしいものである。

 年の瀬の今日この頃、市内の幹線道路の街路樹の散髪のような剪定を見かけるようになった。なぜこのような無駄な事をするのだろうといつも思う。散髪された樹々は決して美しくない。農家は日陰を嫌うがこの名残が農耕民族の我々にはあるのだろうか。農業を継がなかった私は、春は新緑、夏は日陰を作ってくれ、秋は紅葉、冬はその訪れを知らせる、自然のままの樹木が好きである。

 街路樹はそのままの状態で置いてほしい。特に私は年中、公私ともに市内をバイクで移動する。特に7・8月のヘルメットの中の頭、半そでのシャツから出ている腕、ズボンの中の足は直射日光が当たる場所で信号待ちをすると熱くて堪らなくなる。そこで私は信号まで50m手前でも街路樹の作る木陰の路肩でストップするようにして、青信号になる手前でスルスルと始動するようにしている。こうすると、移動中は生ぬるいとは言え風が体に当たるので何とかなるので、木陰で停車出来る場所では暑さにイライラせずにすむのである。

 この木陰があると、バイクだけではなく歩行者や自転車、自動車までも助かるのは間違いない。落ち葉の処理が問題だろうと言う人がいるが、剪定の費用をここに充てれば解決するのではないか。樹木の高度化に支障がある電線の地中化を促進し、緑豊かで過ごしやすい街にできたらと思う。都市と大きな樹木は相性がいいので、海外の都市や東京原宿は言わずもがな、街に陰影や雰囲気を造り、都市価値を上げている例は無数にある。

 今、石手川の岸辺から川面に覆いかぶさるように茂る大木が赤や黄色に紅葉し一年で一番綺麗な姿を見せている。初冬の夕日を浴びて光り輝くこれらの姿は、愛でるべき自然は春の桜だけではないなと思ったりもする。

 

投稿日:2018/12/03   投稿者:-

 自分自身の壁を破るという事は嬉しいものである。それが体重と言う、人から見たらどうでもいいような小さなことでも、である。

 私はここ数年67~8kgを維持していた。4年程前になる軽度の脳梗塞疾患時の医師の指示は65kg(私の身長から計算した理想値BMI=22が65kgである)であったので、常に2~3kg多かったのであるが、これが中々落ちずにいた。ダイエットしようが、サウナに入ろうが、運動を多めにやろうが、一時的には減ったとしてもしばらくすると必ずホームへ帰ってくる、忠実な犬の様であった。

 この理想の数字は私にとっては意味深いものでもある。すなわち、脳梗塞疾患時から日々継続して血圧を計り、定期検診ではコレステロール値、中性脂肪値、血糖値、その他の数値に注視してきたのであるが、これらの数値一つを落としても、他が落ちない或いは上がっている等中々全てをコントロールするのがモグラ叩きの様に難しいものであった。そしてある時気づいた。体重をコントロールすれば全てをコントロールできると。

 暑かった夏も終わり、涼しくなった10月ごろ、今までとは異なる試みを始めた。①夕食後2時間バランスボールに乗る。②毎晩だったアルコールを1日置きに減らした。③減らしたアルコールに合わせて1日置きに夕食量を減らした。

 強固だった壁を壊したのだから、もっと色々あると思って思い浮かべてみると変えたのはこれ位であった。要は夕食後のカロリー摂取を抑える、これだったのだ。

 今は65~66kgを維持しており、血圧始め他の数値も良好なものに落ち着いている。たかがー2kgされど私的に大きな意味を持つ2kgである。

 

投稿日:2018/11/23   投稿者:-

 大谷選手がMLBア・リーグ新人王を取った。普通に考えれば、当然の結果だったが、トランプ氏が大統領に成った国である。何が起こるか分からない。しかし結果は圧勝であった。二番手ヤンキースのアンドゥーハも優秀な成績でだったので、接戦を予想していたコメントが多かったが、それだけ画期的な活躍だったと言う事だろう。日本人が見るよりもアメリカ人が見る方が。

 100年近く昔のベーブルースが比較対象になる記事が多かったが、日本で考えるよりもスポーツや文化面の過去の偉人に捧げるオマージュは我々日本人が予想する以上である。日本の場合は幕末の武士には過剰に脚光が浴びていると思うが、スポーツや文化は言うに及ばず、政治家や経済人その他の分野の偉人も物知りだけが知っている程度である。大谷選手は日本で同様の成績を収めても、東洋の小さな島国で一部の人から一時騒がれた歴史が残るだけだろうから、アメリカ行きは大正解であろう。彼もアメリカが騒ぐ事により、その余波は日本だけで騒がれるよりも、日本にも及ぶ効果は大きいとは事前には予想しなかったであろう。 大谷選手は来季、打者一本での勝負になるが再度ファンを驚かされる活躍をすることだろう。

 メジャーリーガーでもう一人、過去このブログで何度か取り上げ、松山坊ちゃんスタジアムで大学選抜の試合をこの目で見てから、他の日米選手と余りにも桁違いのスピード(以前このブログで、人間の運動会にチーターが紛れ込み徒競走の選手らをあっという間にゴボウ抜き、と形容した覚えがある)を見せつけられてからウォッチングしている、ワシントンナショナルズのトレイ・ターナー選手。今期はセンターから本職のショートに戻っての初タイトルである盗塁王を取った。私の予想では長身細身の彼がもっとパワーを付けて、トリプル3(打率3割、30本塁打、盗塁30)をさらに先には本塁打王争いもするんではないかと薄々感じている。

投稿日:2018/11/18   投稿者:-

 昨日、久し振りにバイクウェアとしてのブラウンの古い革ジャンに腕を通す。いつ振りか思い出せない。10年否20年それ以上か。その時もまともに着た覚えは無く、その重さにこれゃダメだ、と元のハンガーに掛け直したと思う。買ったのは30歳手前だった。その時でさえ、バイクウェアとしてのその寒さと、重さに抗して着る、と言う感じだった。そういえばカナダへの新婚旅行のスキーツアーもこれを着て行ったが、バカみたいで私らしい。(当時はバイクとスキーの融合を考えていた事を思い出した)メンテナンスは5~10年置き位に思い出した時、ワックスを塗るくらい。全く捨てる気にならない。

 昨日はなぜか着て乗る自信があった。最近色々な事があって「やってやろう」と気力が満ちており、体力もそれに応えれる準備が出来ていたのであろう。最近ちょっとスリムになったので、サイズがデカい気がするが中に色々着こむにはいいだろう。それで寒さはいいとして、さらに重さが嵩むか。

 実家は牛を飼っていた。3~4頭のホルスタインである。病気か種付けか分からないが、たまに獣医が来ていた。彼が乗ってきたのが、前後にエンジンガードが付いた黒い大型バイクで着ていたのが黒い革ジャンだったと思う。子供の私からは体のデカい男臭い(獣臭い)カッコいい人が来ている、と記憶にある。これが最初の出会いか。

 男は革ジャンに憧れた。私も含めて最近の薄い・軽いウェアを着ていると、体は益々楽なものを求めるので、革ジャン程度でも敬遠される。洋画では今も昔も街着(バイク転倒時のケガ防止のための分厚い牛革ではなくて)として革ジャンが普通に着られているのを見るが、日本ではハーレー乗りが揃いの黒の革ジャンで連なって走るときにしか、生き残っているのを見ない。反権力イメージも今は昔。気力体力不要の街着用のものが一つ欲しいと思っている。

 その日、私は晩秋の青空の下、もちろん古い革ジャンに身を包んでその重みに頼もしさを感じながら、いつもの山道を走った。

 

投稿日:2018/11/11   投稿者:-