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日記

 7月決算の試算数値も出て、抱えていた売買仲介案件も一段落、ちょっと肩の荷が降りたところで、信州へバイクで行くことにした。この猛暑の時期にバイクでの旅は初めてだった。盆休みは高速道路がにっちもさっちも行かなくなるので、日本の酷暑も体感出来る8月初旬の4日間と決めた。それと、一か月前に脳梗塞で退院した友人の見舞を兼ねた旅となった。

 初日 暑いけど午前中は何の問題もなく気持ちよく風が行くが、昼時に差し掛かった前日40℃だった名古屋辺りは「サハラ砂漠では涼しい位だろう」と気合を入れる。

 11時間後に北軽到着。友人Iは多少のビッコは残るものの、元気そうだった。美食家の彼の日々の食生活は180度変わって、病院食の様な味気無さに、ブツブツ言っていたけれど、60になるのだから、これ位は当たり前だろう。今までがいい加減すぎた。東京に相当な財産を築いているらしいが、残す人もこれからの夢も無いんじゃ意味が無いと言うと、しばらく黙っていたようである。

 その晩はキャンピングカー泊。いつもながら漆黒の闇の森の木々の間に光る星々が美しい。ここが27℃なんてめったにない。下よりは10℃は低いはずだから、下は37℃ということになる。

 次の日は、Iの勧めもあって、戸隠に行った。日光の様なけばけばしさは皆無だが、日光顔負けの杉並木が2kmまっすぐに山の上に伸びて登り切ったところにちっちゃな社がある。日本有数のパワースポットらしく、若い参拝客も多い。たしかに、伊勢神宮に通じる神秘感を感じる。

 戸隠といえば、神社とともに蕎麦が有名である。私は美味い蕎麦に目が無いので、当然期待して中社の横の蕎麦屋で昼食を取る。ぼっち盛りと言う一口ずつの小盛りが10コほど竹ざるにならべられており、てかてかと表面に艶があるそばである。当然美味い。それはそうと、私のバイクのナビのいい加減さには呆れかえる。どこへ行くか分かったもんじゃない。戸隠まで1時間は余分に山道を走らされた。その晩もキャンピングカー泊。

 三日目はご近所のNさんにあいさつ。Nさんとは来る度に別荘におよばれするが、今日は初対面の隣のOさん夫婦も来られて話す。Nさん夫婦は横浜、Oさん夫婦は埼玉の何市か忘れたがそれぞれ2時間程度の距離で春から秋の間は行ったり来たりしているとの事。11時間それもバイクで!と驚かれるが、こちらは車では余りやって来る気はしない。それぞれ仲の良い別荘夫婦である。その後、Oさんに草刈り機を借りて土地の草を刈る。きれいに手入れされている敷地の隣が草ぼうぼうではちょっと申し訳ないので、いつも気にはなっているのである。

 昼からは近所をブラブラして、歩き疲れて蕎麦を食べたりビールを飲んだりしたが、気になるのは明日の天気である。八丈島の南辺りに台風が来ていて、今夜からここ北軽も雨模様の予報。キャンピングカー泊。

 四日目、4時半起床。キャンピングカー内を掃除して帰り支度。小雨が降っているのでカッパを着て出発。麓の軽井沢に降りると雨も止んでいたのでカッパを脱いで走る。10時ごろの名古屋辺りまで天気が悪く、かえって暑さも和らいで良かったが、昼からはいつもの猛暑で西日で照らされながら、午後四時半帰宅。

 総走行距離1800km。これを書いている帰宅三日後の本日、唯一後遺症が残るのが、サングラス越しに強い日光に照らされ続けた目である。眼球が炎症を起こしていると思われ、しばらくバイクには乗れない。

 

 

投稿日:2018/08/08   投稿者:-

 高2の娘がカナダのバンクーバーへ2週間の語学留学?に行きました。外国志向が強いこの子は、ほとんど一人で手続きして、一人で飛行機に乗って行きました。宿泊は現地の民間の家にホームステイします。将来は外国に住んで仕事をするのが夢だそうです。

 これは間違いなく私の願望がこの子に移転(遺伝?)しています。私も中学のころは行ってみたかったのですが、親に言う勇気が無くて、その内に勉強勉強と尻を叩かれる高校へ行ったもので、それが今も心の奥で赤黒く燻ぶったままです。ですから、話を聞いた瞬間から私は大賛成でした。

 とにかく、旅ほど人を成長させてくれるものはありません。全てが新しいモノに触れて、一人で迷って考えて他人にも相談しながら実行する。リスクも名誉の傷として受け止めて進む。これは若ければ若いほど絶対に良い。英語が話せないのに行くというのが、又良いと思う。一回りも二回りも大きくなって帰ってくることとおもいます。

 ENJOY! 娘。 

 

投稿日:2018/07/31   投稿者:-

 運動を日課として10年以上になります。初めは近くの小さな公園の中の外周をブランコや鉄棒の間の隙間を縫うようにして2~3kmから始めました。次に住宅情報誌の景品で頂いた折り畳み式のマウンテンバイクで自転車も始めました。そのうち水泳もと言う事で、トライアスロンの大会に出たり、サイクリングの大会にでたり、マラソンにも出たりしました。初めの5~6年は競うことが楽しくて道具自体にも凝ったりして熱中しましたが次第にそれよりも自分のペースで体を動かすことの方が心地良くなってきて、今では競技会等には一切出場していませんが、以前と同様のペースで体を動かしています。

 マイペースへ切り替えたきっかけは、3~4年前の一過性全健忘(軽い脳梗塞のようなもの)でした。元々競技会への出場自体に疑問を持っていたこともあり、それ以降一切出なくなりました。(しかし、それらへの出場は無駄だったとは思ってなくて、導いてくれ、きっかけを与えてくれたものとして、必要なものだったと思っています。)

 しかし、今では私にとっての運動は趣味と言うものではなく、生きていく上でオーバーではなく必需品そう、食事・睡眠・仕事・運動の様になっています。

 では、まず私のランニングの流儀について書いておきます。今は私は草か土の上しか走りません。膝が万全ではないので、石手川の河川敷のマイランニングコースまでは朝、車で行きます。そこで8km程度走り、それに腕立てやストレッチを1時間程度を週1か2回やるのですが、このランニングの楽しさに目覚めたのはここ2~3年前からです。それまではむしろ苦手で、トライアスロンの中の一競技に入っているために止む無く走っていたのですが、今はその奥深さに、欠かすことは出来ないものになっています。

 この奥深さを感じる一つに走る環境が重要です。私のコースは350m程の直線の折り返しですが、そこの半分以上を手入れの行き届いた芝生が生えています。毎日ボランティアで近くの人が水やりや刈り込みを行っており、遊具が無ければゴルフコースかと思えるほどに仕上がりかけています。この方がここに来出したのが8年ほど前で、その時は10畳ほどのエリアしか芝は無かったと思いますので、その人の熱意たるや頭が下がる思いがします。河川敷自体は市の管理なのですが、市の担当者曰く「これほど綺麗に管理され市の公園はありません」との事。初めのうちは近所の人から、勝手に水道水を芝に撒いているとクレームがあったらしいのですが、今では市も公認のボランティアになっているようです。

 公園の様な公共財は自分がやらなくても誰かがやるだろう的な発想から、結果雑草や生い茂り、ゴミも散らばる犬の散歩程度でしか近所の人も使わないものになっていきますが、ただ一人の熱意でご近所だけではなく私の様に車に乗って行ってでもそこを走りたい!と思う人が出る立派な市民の財産に変わるものだと思いました。

 春は梅から始まり、次に桜のトンネルを抜け、真夏は桜の枝の木陰をはしり、秋はガサガサと落ち葉を踏み、冬は年に1回は真っ白なバージンスノーの上を走れる。加えて芝を管理する人の熱意が感じられる、こんなランニングコースはそうは無いでしょう。アスファルトの上で競うこともそれはそれで楽しかったですが、私がこのコースを走ることに夢中になれるのもお分かり頂けるものと思います。 

  

投稿日:2018/07/27   投稿者:-

 私は「異常気象」と言う言葉に昔から違和感を持っていた。40年近く前に友人がその時の暑さに異常気象と言ったのに対して、私が返した返事は「毎年暑いのだから異常とは言わない」と言うようなニュアンスの事を言った記憶が今も鮮明にある。

 しかし、昨日この欄で大洲豪雨を書いた数時間後、私がスマホで撮影していた今年2月の大洲の豪雪写真をたまたま見た途端、「異常気象」が頭に浮かんで瞬間に違和感と言うものが消え、胸にストンと落ちたのです。

 やはり、数十年ぶりの大雪と大雨が半年内に起こるということは、異常気象なんだろう。そして、これが日常にならなければ良いが。S・H兵頭

投稿日:2018/07/17   投稿者:-

 200人以上の犠牲者を出した西日本豪雨から10日程経ち、一昨日と昨日大洲の友人の自宅と賃貸マンションの後片付けと清掃の手伝いをしてきました。

 水郷大洲は元々水害の多い地域で、いつも一級河川の肱川の氾濫が原因となります。私の記憶でも子供のころから自宅の床下、床上の浸水は何度もありました。前回は23年前で洪水の度に堤防の補強や高さを上げているようですが、今回はそれをも超えて甚大な被害をもたらしました。

 彼の家は80cm程1階が床上浸水し、汚泥を残し水のみ引いた状態でした。1階に置いてあった家具、家電、畳、建具、備品類や車2台がいかれ、建物は柱のみある能の舞台状態でした。廃棄物は大型の産廃車4台分あり、特に彼が長年掛けて集めた本類や音楽関係の楽器、ステレオ、楽譜等の廃棄が彼には特に堪えたようでした。

 とにかく、彼の家は昨日大洲市の家内消毒が終り、ひと段落付いたようで、次の復旧のステップに移れるようです。横にあるローソンも中の清掃までは終わったようで、手早く再開と行きたい処でしょう。自然にやられる時はあっけないが、一つ一つ盛り返していくのも人間です。しばらくすると何事も無かった様に動き出すはずです。

投稿日:2018/07/16   投稿者:-