日記
サライ S・H兵頭

 本年最初の投稿になります。今日は昔の成人の日ですが、数年に一度の寒波の来襲ということで、昨日と今日のセンター試験の受験生は寒さと交通機関の遅れなどの非常事態も頭に入れつつ、まな板の鯉の状態でしょう。私もちょうど40年前の今頃は、砂を噛むような受験生でした。ここで人生最悪の三年間も終わりにしようと、気だけ焦っていたのを昨日の様に思い出します。

 私は来年が年男(還暦)の戌年生まれです。其のせいか、今日みたいに冬の便りが松山にも届き、空から白いものがチラチラすると、何だかウキウキします。子供時代はもっと降雪量は多く、毎年必ずと言っていいほどお手製のそりで夕方暗くなるまで裏山を滑ったり、かまくらを作って中に漫画本とみかんを持ち込んで労働の後の読書を楽しんでいました。東京の学生時代は冬の話題と興味はスキーでした。毎年必ず10日間ほどは長野や新潟へ行っていましたし、正月も帰省する金があるなら雪山へと言うほどはハマっていました。ただ、これ位でハマったと言うのもおこがましいと、冬期は月単位で雪山でバイトをしながらスキー技術の研鑽に(本当?)励んでいる輩も珍しくありませんでした。

 40年前、私は東京での最後の受験の後、そのまま田舎には戻らず、受験会場から国鉄新宿駅へ向かいそこから長野行きの普通列車に乗り込みました。雪景色が見たかったからだったと記憶しています。あいにく長野到着は深夜でしたので、それは駅周辺のものしか見られませんでしたが、そこで立ち食いソバを食べ、普通列車で早朝着予定の名古屋に向かいました。前の日に思い立った解放感を行動で示すプランでした。「サライ」を初めて聞いたとき、当時の自分の事を歌っているようで、驚きとともに夜行列車のあの臭いや窓に映る車内の人影、流れる夜の風景やらが浮かんできました。

 還暦を前にして、雪の舞う寒い日の受験、と言うキーワードから思い出される私の近そうで遠い思い出です。 S・H兵頭

 

 

投稿日:2017/01/15   投稿者:-