日記

DIARY

 最近、周りの数人の人から休みの日が暇だ、と言う事を耳にする機会が続けてあった。えっ、私の場合は休みの日の方がむしろ忙しいんだけれどと、口には出さないがその度に思っていた。会社を退職するとそうなるのだろうかと思った。

 先日の土日の私の実行事を思い出してみると、
(土/晴れ)5:00 起床  ストレッチと血圧測定、スマホでMLB(特に大谷選手)の成績・結果をチェック

      5:30~7:00 読書(英語の勉強を兼ねて、名著「アルケミスト」を英語版で読んでいる)

      7:00~7:30  バイク(自転車ではなくオートバイの方)朝の山道走行

      8:00~     朝食

      9:00~10:00  車(もちろん、オープンカーの屋根を開けて)で大洲へ(母の様子伺いと

                手伝いのため)

      10:30~13:00  山畑(1000坪ほど)の草刈り

      13:30~14:30   昼食後 友人の病気お見舞い

      14:30~15:30     車(上記と同じオープンで)で松山へ

      15:30      プール(アクアパレット)へ寄るけど、コロナ対策で本日から予約制となり泳           

                げず帰宅する。

      16:00~17:00  トレッキング(淡路ケ峠へ、スイミングの代わり)

      17:30~19:00  読書(同上)

      19:30~      夕食

      22:00~      就寝

 
(日/晴れ) 5:00 起床    ストレッチと血圧測定とMLBチェック

      5:30 ~7:00   読書(同上)

      7:00 ~      朝食

      8:00~9:00    ロードバイク(自転車の方、自宅から重信川のサイクリングロードを 

                 25km)

      10:00~     シャワー後、この後の物件ご案内の準備            

      11:00~12:00  当社販売のリフォーム中古住宅(東石井一丁目)のご案内

      12:30~     昼食

      13:30~     車(風邪気味なので幌を閉めて)で、ホームセンターに買い物

      15:00~16:00  芝の草抜き+除草剤散布

      16:30~18:00  読書(同上)

      18:30~     夕食

      19:00~22:00  映画鑑賞(DVDで「マグノリア」を見る。面白い映画であるが三度目なので

                数回居眠りが入る)

      22:30      就寝

 私の標準的な休日は、こんな感じだけれど---------やる事はまぁあるけど、改めて書き出してみると平和(余り良い意味ではなく)だなと思ってしまう。

「アルケミスト」に次の様な一節があった。

[The boy could see in his father's eyes the desire to be able to travel the world]

(少年は彼の父の目の中に、世界を旅したいという願望を見ることが出来た。)

 年取った父も昔夢見た未知との出会いを、未だに求めている。今の私には、この言葉は沁みる。兵頭

 

PS: 蛇足かもしれないけど、英文の続きを付け足しておきます。

ー a desire that was still alive, desire his father's having had to bury it, over dozens of years,under the burden of struggling for water to drink, food to eat, and the same plase to sleep evrenight of his life.(まだ生きていた願望、彼の生活の為の飲み水、食べ物、毎夜の同じ寝床を得るという戦いという重荷を背負い、12年以上も心の中にしまい込まなければならなかった彼の父の願望)

 

                

            

      

 

      

      

   

   

投稿日:2021/04/13   投稿者:-

 ホームランはフェンスをギリギリ超えるものでも、フェンスを余裕で超え場外まで飛んで行くものでも、1点は1点である。ピッチャーは162km/hを超えようが、スローボールだろうがストライクゾーンに入ればワンストライク、外ればワンボールとカウントされる。これも同じ野球のルールである。

 昨日、MLBエンジェルスの大谷選手がピッチャー兼2番バッター(今の野球、特にアメリカでは、チームの最強バッターは3番や4番ではなくて、2番である)という歴史的に珍しい出場形態で出場した。そして、それは全米に生中継されることになった。(アメリカは広く、かつ多くのエンタメやスポーツがあるので、ロサンゼルスの田舎町のプロ野球が全米に中継されることは珍しいらしい。)これも、特異な能力を持つ彼の完全復活を予感させるオープン戦の彼の成績が、コロナ禍に痺れを切らした全米の野球ファンに訴求した結果なのだろう。

 そして、彼は1回表を160km/h超のスピードボールで3アウトを取ると、その裏の2番バッターとして、相手の初球外角高めの157km/hのスピードボールを185km/hのスピードで粉砕音と共に打ち返し、135m向こうの最深部の観客スタンドの中段へ突き刺した。この1回の表裏の映像は今年のMLBを象徴する2シーンになるであろう。

 なぜ私を含めて世の野球ファンは日本でもアメリカでも、敵でも味方でも、大谷選手が好きなのだろうか。成績だけなら冒頭に書いたように、ギリギリのホームランを技術で打てる人の方がよりたくさんの数を打てるだろうし、そこそこのスピードボールでコントロール良く打者心理を読んで投げれる人の方がたくさん勝ち数は得れるだろう。しかし、より多くのファンが「プロ」野球に求めているものは、単純な勝ち負けではなく、記録簿に残る数値でもなく、より刺激的で圧倒的で誰にも真似できないプレーなのである。そこまで大振りしなくてもフェンスは超えられるよ、とか打たせて取れよ、とかの高校野球のコーチが言うような事は今更聞きたくないし、時間やお金を払って見たくはないのである。

 多くの興味ある事々が身の回りに溢れる中で、私が見たいのは特別な能力がある人が、真剣に、かつ非効率的かつ馬鹿馬鹿しいほどのパワー・スピード・テクニックで魅せてくれるプレーなのである。「三つ子の魂百まで」と言うが、子供のころ寝床の中で見た夢の続きを、60過ぎてた今も見ていたいのである。

 今年はこの「大谷ウォチャー」の日記が多くなりそうな予感がある。

 

投稿日:2021/04/06   投稿者:-

 待望の信州スキーに行った。昨シーズンは新型コロナの影響拡大がまだ今後どのようになるか全く不透明の状態で強い世間的自重雰囲気があり、県外への不要不急(今聞くと懐かしい言葉。今は少しタガが緩んでおり、こんな状況も慣れっこになっている、自粛疲れである。この言葉も来年は懐かしく感じられる事を願っている)の趣味旅行などもっての外の世間の状況だったからだ。

 訪れたのは八ヶ岳連峰にある白樺湖畔の車山スキー場と、北アルプス白馬の八方尾根スキー場である。車山の方は初めてのコースである。スキー以外では車のドライブやバイクのツーリングでこの辺りは数回走ったことがあったが、もっとずっと以前の記憶は高校時代の修学旅行のことで、白樺湖畔に宿泊し当時の当時の定番、夜にキャンプファイヤーを囲んでの男女のフォークダンスがあったなぁなんて、セピア色の遠い記憶もある場所である。

 以前数回の来訪時は閑散としていた印象で、個人的には時代に取り残された修学旅行向きの観光地のイメージを持っていたのだが、この連休は白樺湖畔のスキー場や各ホテルの駐車場は満杯で、大変にぎわっている様子。ゲレンデも3月に入ってからの陽気で下の方は草地が出ている所もあったり、雪質もザラメ状の柔らかいものであったが、十分楽しめるものであった。

 以前にも書いたことはあるが、スキーはその度に新たな、又忘れていた気づきがある。それが再ハマリの理由であるし、続けて行こうと思う最大の理由である。チョット拡大解釈だと自分でも思うが、人生の姿勢まで気付かせてくれ、それは自分を体現している運動なのである(その割には上達は遅いが、今シーズンは自分なりに小さな壁は超えたと自認している)。そして、今年は初めてそれらをスマホのメモ欄に打ち込んで来シーズンまで忘れずにいるようにと記録した。

 二日目の八方尾根は雨模様であった。事前に分かっていたのだが、せっかく来たのだからと本降りになるまでの間は頑張ったが、日本屈指のスケールと難易度を誇るコースは閑散として寂しげである。明日は晴天らしいが、その1日が恨めしい。しかし、ここも車山も今月末の土日で営業終了らしい。まだ上部はこんなに雪もあるのに勿体ないと思うが、好コンディションでの滑走は来年の楽しみに取っておこう。

 最後に最も書かなければならなかったこと。この旅行に誘ってくれ、スキー場、宿の手配等をしてくれた、神奈川の従妹ファミリーにはこの場をかりてお礼を申します。ありがとうございました。又行きましょう。

 

 

投稿日:2021/03/26   投稿者:-

  私が走る河川敷のジョギングコースに一本だけ咲く早咲きの桜は、もうすでに散り始めている。これからが春本番で、ソメイヨシノの大群もこの河川敷を埋めるだろう。

 私は2週ほど休んでいたスキー、転倒時の首と腰への後遺症も癒えたので、チョット言ってみようかとネットで積雪情報を調べてみると、ウソっと言うかやはりと言うか、すでに県内のスキー場のうち2ケ所はクローズで、オープンしている残り1ケ所も、草原の斜面上に細長く白い人工雪の滑走面がつながっている光景の写真をアップしている所で、関係者のご努力はわかるのだが、消費者の立場から言うとこれでは行く気になれない。

 気落ちしたのは束の間、私にはバイクがあるのだ。久しぶりに、赤いトウガラシを引っ張り出した。家庭用電源をバイクのバッテリーにつないで常時充電しているおかげで、もちろん一発始動である。例のごとく言葉では表せれないガシャガシャ爆音を響かせながら、お気に入りの道を大洲まで100kmほど走ってきた。冬の間は仕事でもう少しジェントルな白いドカばかりに乗っているので、少し違和感を持ちながらの走りであった。同じメーカーながら正反対の性格でが、どちらも良い。

 最近は自粛疲れをテレビでも言っており、東京の街角の大勢の人らを映し出していた。都会の人らは狭い室内でも街中での大勢の中ででも、身も心もすり減らし大変そうだ。私はやっぱりカントリーがいいなぁ。

 さて、大谷ウォチャーを自認している私は、今年こそはMLB大谷君に爆発的な本当の二刀流での活躍を期待している。今のところ順調にオープン戦をこなしているようだ。球春もすぐこそ。兵頭

 

 

投稿日:2021/03/15   投稿者:-

 私には「車」について常々心配に思っていることがある。

 まず、夢の技術、自動運転である。1から5段階あって、現在市販されている車は、3段階までのものである。これは高速道路上では「よそ見をしながら」運転走行を車に任せられるものである。最終5段階になると、目的地を車に入れてば寝ていようが、映画を見ていようが、何処へでも連れて行ってくれるものだと思う。まるで夢のようだなあ。

 私は昨年2段階レベルか3段階レベルか分からないがこの辺りのデモカーを2日間レンタルして1泊2日の遠出をした。やはり初めはおっかなビックリで、おそるおそるハンドルから手を放した(但し、手がハンドルのどこかに触れていないと警告音が鳴る仕組みが付いている)が、それにも慣れて高速道路上では時々車に身を任せていた。運転好きな者にとっても、単調な高速道路での運転はこの技術があれば一日で日本一周するくらいのチョットした長距離ではより助かると思いながら運転していた。

 2日目の夕方、自動運転で高松方面から松山へ高速道路を走行中、もう5分ほどで目的地出口の松山ICの一つ手前の川内ICに到着するころ、トンネル手前の緩いカーブで事が起きた。いや起きる寸前だった。そこは路肩の白線と黄線が入り混じりそれもだいぶ消えかけていた場所だったと記憶している。そこに差し掛かった時、車がスピードも落とさずカーブで曲がろうとしない様子に気づいた。私もこの技術を2日間試したとは言え信頼しきっていなかったカンが、私と同乗者の命を救ったのである。直線ではほぼ良いが、カーブでは無意識によそ見をせず視線を進行方向へ向けていたのが助かった要因である。とっさに添えていた手でハンドルを右に切り、コンクリート壁に激突寸前でクリアーしたのである。夢の技術で悪夢のような事態を見てしまうところだった。

 二番目はEV(電気自動車)への傾斜である。2030年から2050年に掛けて温暖化ガスの削減を理由にガソリン車の生産を廃止するらしい。これは石油資源国と資源小国であるヨーロッパの国々との綱引きであり、予告付きのゲームチェンジである。私は学者でも専門文書を読んだ者でもないが、地球規模の壮大な変化の話に単純にガソリン車を廃止したり、自然エネルギーや再生エネルギーを活用したりして対処できると考える人間は、バカか利権を得ようとする賢い者のどちらかである。私の動物的カンであるが。

 そうでなければ、毎年世界のどこかで起こる甚大な被害を及ぼす地震がなぜ予知できないのだろうか。例えば西暦1000年から300年ごとに大地震がおきているから、今後100年の間に50%の確率で大地震が起きるだろう、的な理屈とも言えない小理屈は学者の動物的カンが働くのであろうか。私には温暖化の話もこの程度のものに思える。

 いずれにしろ、私が死ぬまでの後20~30年間はガソリンエンジンの鼓動を禁止しないでもらいたい。EVのスムースさが、動物的カンを鈍らせるから。

 三つ目は現在の自動車技術の進歩である。私は、バイクを趣味としていて、18歳から10年間ほどと40歳後半から15年間ほど仕事でも余暇でも愛用している。所有してきたバイクも和洋の10台以上である。

 この18歳から62歳までの44年間でバイクの何が変わったか。基本は変わらない。変わったのはやはり市販車で超長距離を短時間で走れる技術と、生身の体で新幹線を追い越せる超スピードが可能な高性能のものがお金を出せば誰でも普通に買えることである。生身の体である以上24時間365日ぶっ続けで走ることはできないし、法定速度がある以上いつもいつも350km/hで走れる訳がない。

 昔も今も、普段使う距離とスピードは変わらないのである。生きている人間が法律の規制の下で使えるバイクは昔のバイク性能でよいのである。この高性能化の弊害は大きく、濃く厚かった普段使いの部分のいわゆる乗り味をパスタを綿棒で伸ばすように広く薄くしてしまったのである。どこまで乗ってもどれだけ出しても安全かは別にして、乗れてしまうバイクは普段使いの部分では淡泊な詰まらないものになってしまったのである。

 この理屈は車も同じである。使わない、使えない機能をメーカーは作り、消費者はお金を払っているのである。EVもハイブリッド車もクリーンディーゼル車も同じである。昨今の旧車ブームはその辺の事情を車好き・運転好きの人らが嗅ぎ取っているのであろう。兵頭

 

 

投稿日:2021/03/05   投稿者:-