日記

DIARY

  映画、「卒業」を観た。私が高校生のころに生まれて初めて映画館で観た映画である。私の地元には洋画の上映館は無く、松山か八幡浜に観に行った。45年経った今でも覚えていたのはあの有名な場面である。主人公のダスティン・ホフマンが思いを寄せる女性の結婚式に乗り込み花嫁を奪って逃げる、その時教会の扉の手すりに十字架を差し込んで参列者らの追っ手から逃れるラストシーンである。

 音楽もサイモンとガーファンクルの懐かしい音楽「サウンド オブ サイレンス」が全編で流れ、登場人物や背景も60年代のファッションや当時のブルジョアの生活が描かれている。

 その主人公の愛車で常に行動を共にしているのが、今私が夢中になっている車(前期型と後期型でテール部分やダッシュボードのデザインは少し違うが)である。映画の中では周囲の大型のアメ車郡の中では一段と小さく、全編で真紅の「柿の種」の様なスタイルと心地よいアルファサウンドで、小気味よくアメリカ西海岸を走り回っている。現オーナーとしてはタイムスリップしてあたかも自分が乗り回している想像を抱かせてくれる。歴史上の名画に自分の愛車が主人公と共演している事だけでも、映画ファンで車好きの私としては嬉しいことである。兵頭

 

投稿日:2021/01/21   投稿者:-

  先週末の朝、私は軽いギックリ腰になった。古傷の左腰に起因するものだ。と言うかこの古傷も初めての大きなギックリ腰で負ったものである。20年前からほぼ数年に1度の間隔で軽いものはなっている。回復は時間薬で、しばらく不格好な姿を人目にさらしておけば、その内直っている。もう完治は望んでいない。一生左腰の軽いシビレとは付き合っていくつもりでいる。

 今年に入って三度目の週末だった先日、私は今シーズン三度目のスキーに行った。よちよち歩きが出来ればスキーくらい出来るよと、家族には呆れられたがこれぐらいでは私の楽しみは止められない。

 いざ、出かけると楽しみにしていた雪道ドライブは先日の雨で路肩の雪まで解けて跡形もなくなっていたのは少し残念であった。但し、ソルファオダスキー場のゲレンデは全くOKで、日中気温もマイナスになっていたので、ツルンツルンの程よいアイスバーン状態になっていた。

 思った通り、ギックリ腰はスキーには問題なかった。コブ斜面は再起不能になったらいけないので止めたが、始めは軽く上品に、雪に慣れてきたら少し飛ばして、後半は普段通りの滑りが出来た。これが、同じスポーツでも野球やサッカーは絶対無理である。微妙なスキー操作と独特の体重移動だけで可能なスキーならではの話である。終わるころには腰も十分にスキーの動きに慣れてきて、今回のギックリ腰はこれで直った、と思ったほどだ。(翌朝には直ったと思っていた腰は元に戻っていたが、悪化はしてなかった。この錯覚は筋肉のほぐれと適度な疲れ、アドレナリンの高まりによるものだったのだろう)

 さて、スキーは滑っている時間は楽しいのだが、それに引き換えリフトに乗っている時間は退屈以外の何物でもない。石鎚スキー場以外の県内のスキー場は信州あたりのスキー場と違いリフトから見える景色は詰まらないものである。そこで私は新書版をスキーウエアのポケットに突っ込みリフトに乗るや終点間近まで読書をすることにした。三日間の数十回のスキーリフト時間で2冊読めた。いい読書スペースを見つけた。兵頭

 

投稿日:2021/01/18   投稿者:-

  この処の寒波は四国でも凄まじく、最高気温が0度を下回る日もあった。そのおかげで松山近郊のスキー場もこの冬は珍しく雪は豊富で私も週末にスキーを楽しんでいる。

 スキーに関しては今まで年一度位しかこの日記に書いてはいなかった。バイク同様昔はやっていたが途中で止めてしまい、チョットしたきっかけで再開したリターンスキーヤーである。止めた理由はハッキリ覚えている。「上達しなかった」からである。

 やっているころは結構凝っていたのであるが、センスが無いのか我流がいけないのかある所から伸びなくなった。何年もそれが続くと諦めが出てきて、気持ちが離れて行った。当時私は何事も成長至上主義者でその緩いままの現状を楽しめない性格であった。一方上達する為にはスクールに入るとか上級者に教わるとかをしない柔軟性の無さもあった。

 積極的な柔軟性の無さは相変わらずであるが、最近上達に関しては自分の中で長年持ち続けていた成長を阻害する自己流セオリーをYouTubeの上級者の画像を見ることによって崩すことが出来、それから一皮むけたと思っている。やはり上達はしたいな、と思う昨今である。

 昨日は、ソルファ・オダスキー場までの65Kmの道中の半分以上が雪道で、スキーと合わせて四国では珍しい長時間の雪道ドライブも十分楽しめた。兵頭

 

 

 

 

 

投稿日:2021/01/11   投稿者:-

 私は二輪、四輪、スキー、自転車とスピードを伴うものを楽しんできた。しかし、これらにはその楽しみを得るための代償が必要であった。二輪は夏の暑さ、冬の寒さに対する耐力、転倒の恐怖。四輪は初期コストとランニングコストの高さや事故のリスク、スキーや自転車は体力的苦痛、遠距離移動等である。そして楽しみはその対価として与えられると思っていた。その対価が高ければ高いほどその楽しみは比例して増大すると思っていたのである。しかし、私はオープンカーに乗ってみて、その楽しみと対価との新しい関係を発見した。

 私は冬の休日、私が名付けた「愛媛のニュルブルクリンク」こと、砥部~内子の県道をオープンカーで軽快に飛ばした。行先は実家で、家業の農業の手伝いをするのである。農業の方は今年最後の作業となり、稲刈り後の最初のトラクターでの田起こしである。母親も85才になり、意欲はあるものの体がほぼ動かなくなっているので、機械ごとはみな私がやるのである。母はあと何年やれるか分からない。

 さて、オープンカーにおける楽しみと対価との新しい関係であるが、この寒空の下での行き返りのドライブでこの種類の車の真価としてそれがはっきりしてきた。「走る掘りごたつ」「空飛ぶ露天風呂」という比喩的表現がピッタリでなのである。バイクのような完璧な防寒をしても体の真は凍える感覚やスキーのようなリフト移動での不自由な時間的拘束や足腰がパンパンになる疲労感と言う負の感覚は無いのにそれらに比類するプラスの感覚「気分のよさ」が味わえる。「気分の良さ」が味わえるのは私のやっているものではこれが唯一である。そこで私の口からでたのがタイトルの言葉である。「これは反則だろ!」(勿論、四輪と同じ代償は必要である)    

 

 今年の営業は12/28の午前中までです。まさに激動の年の暮れ、染入るような不景気感を感じていますが、お変わりはありませんでしたでしょうか。年内は大変お世話になりました。弊社および弊社の関係者は無事に年越しできそうです。

 年初は1/4から営業開始しますので、本年同様宜しくお願い致します。兵頭

 

 

 

投稿日:2020/12/24   投稿者:-

 私が動くか動かないか、右へ行くか左へ行くかは、どちらが面白そうかで決めてきたと思う。困難な方を選んでもその方が過去の経験則から面白い事があると分かっているからそちらを選ぶし、仮にそれで失敗しても失敗自体が楽しい事も多いからである。困難に直面して失敗しないと成長しないと、それも経験則から理解しているからでもある。

 大学の学部選びもそうだった。親は社会科の先生になるのを期待したかもしれないが、私が地理学科を選んだのも単に地図を見ながら、世界中を旅する妄想好きだったからである。

 新卒の仕事を不動産業に決めたのも、そんな地図(不動産業の必需品)に引き寄せられたからだろう。なぜなら、その時、面接した食品会社(ハム大手4社)や自動車会社、大手ふとん会社、地元スーパー、地元銀行、後は忘れたが、地図と関係のない職種は今思い返すと力が入らなかった記憶がある。

 趣味でも同じ判断基準である。車やバイクもこれは面白そうだ!で選んで来た。一部を除き癖のある車バイクばかりである。初代ゴルフ・スバルアルシオーネ・プリウス・VWサンタナ・プジョー205GTI・シトロエンエグザンティア・ルノーカングー・ベンツE280・BMW320d・アルファロメオスパイダー。バイクも海外物中心に250CC~1600CCまで10台程。残念な車もバイクもあったが、それも反面教師として記憶に残っている。それらも含めて楽しかった。

 運動もそうだ。運動前は寒かったり暑かったり疲れていたりと乗り気でなくても、やり始めると気分も乗って来るし高揚感も出てくる。終わった後の気持ちの良い疲労感とすっきり感も癖になる感覚である。

 不動産を選ぶのもそうだった。これをこんな風にしたら買った人は喜ぶだろう。不動産仲介ではその物件を借りたり買ったりする人の新生活を想像するのを仕事の励みにした。

 そして最も重要な選択である奥さんを選ぶのも、この人なら面白いだろうだった。

 さらに言えば、私は死後の世界にも興味がある。一度行けば二度と帰れないのでそこは軽率には行動出来ないが、むしろ明るく面白そうな世界がそこにはあるんではないかと思っている。兵頭

 

投稿日:2020/12/17   投稿者:-