日記一覧 | 松山市周辺の不動産をお探しなら株式会社青い国不動産にお任せ下さい。

株式会社青い国不動産
あ
日記

 今時分の天気の良い日曜日の朝のトレーニングは自転車に限る。理由はまず、そんなに早くなくてもしばらくは交通量が少ないこと。6時台はすでに明るいこと。そして、熱くも寒くもない、ベストシーズンであること。こんな状況のなかで、重信川の河川敷サイクルロードを疾走する。眩しい朝日が体の細胞の隅々まで起こしてくれて、万能感が湧いてくるハイな状態になる。

 この朝は暑く寝苦しくて3時頃に目が覚めた。以後寝付けなくて窓を網戸にし、スマホを開けたり、小説の続きを読んだりして、眠気を待っていたが、眠れない。血圧を測るとやはり高いので、朝のトレーニングは止めようかと思うが、やらないと一日中怠いので、自転車乗りのウエァを着て外へ出たのが6時すぎ。その続きは上記の始まりに続くのだが、ぼやけた頭の霧が数十分ごには晴れ渡った。

 今日は、娘の弓道の試合がある。総体地区予選なので高校最後の試合になる可能性がある。朝食後、妻と見に行くことにしたが、最初で最後の見学である。

 団体戦のメンバーには選ばれなかったので個人戦のみの出場になった。この子は、中学も高校もレギュラーになれなくても途中で辞めなかった。それは偉いのか、意欲が無いのか、どちらにしろ、頑張ってもらいたい。

 

 

投稿日:2019/04/22   投稿者:-

  5年ぶりの家族旅行だった。今回2人は欠けていたが、単独か夫婦以外でならキャンピングカーを手放して以来無かった。その辺の事も考えての、ハワイ旅行だった。

 私にとっては、40年ぶりの再訪であったが、当時の微かな記憶を辿ってもワイキキはこれほど混んでいたのか記憶にない。建物はさらに大きく高く店舗も多く、ヤシの木の茂る巨大都市に変貌していた。

 ハワイではアクティビティ三昧だった。オープンカーでのドライブ、ガラスのお椀を被っての水中歩行、カヌー、ウェイクボード、水泳、登山、母娘はショッピング。

 そうそう仕事柄、分譲不動産も案内人同行で半日見学した。過去に業界団体の旅行でローマ、シアトル、上海、シンガポール等のマンションやアパートを見学していたが、今回のがロケーション良さもあって、最も素晴らしい体験だった。そして、4泊6日の日程もアッという間で終わった。

 この間、スマホの歩行数は一日1万数千歩~2万数千歩を計測していた。旅行は一に好奇心、二に体力、三四がなくて五に会話力と思った次第だ。ただ、会話力が五番目だといっても、やはり旅の意義は人とのコミュニケーションによって深まると思うので英語力は日々努力をしてUPして行きたい。

投稿日:2019/04/16   投稿者:-

  私は社会人になってから40年近く、不定期な旅行とか以外では週六日働いた。週休一日の休暇で体も頭も慣れている。特に休みたいと思ったこともない。サラリーマン時代に有給を取ったこともない。職場を変わる時も、辞めた数日後に次の職場に勤め出したので、職安の何とか手当も貰ったこともない。

 特にその時、その時の仕事が特別好きだったからでもなく、給料をより多く貰いたいと言うのとも違う。問題解決のやりがいや達成感が後押しをしていたことは確かだが、それだけではない。その様に生まれたとでも言った方がいいかもしれない。両親は一年366日働いていた(私の印象では)ので、週一の休みでも十分と思っていた。そんな私が先月から週休二日制と自らした。(もちろん、仕事の電話は私の休みに関係なくどんどん入ってくるが)

 これはちょっと素晴らし体感だ。週一休に慣れていた私の体と頭にとって、一週間が14日に、一ヵ月が60日に、一年が730日(まだ経過していないが)に時間が伸びて人生が長くなった感じがする。趣味もさらに増やせそうだ。

 

投稿日:2019/03/28   投稿者:-

 イチローが昨夜の東京ドームでのマリナーズvs.アスレチック戦で引退した。イチローを生で初めて見たのが2001年のアメリカ同時多発テロが起きた9.11の1週間後のマリナーズの本拠地セーフィコフィールドでだった。

 この時の状況はこのブログでも書いたので割愛するが、当時からつい最近まで彼は孤高の人を演じた人だった。そうしなければ、アメリカで勝ち抜き生存出来ないと考えていたのだろう。やっと地の彼の姿が見え始めたのは、ヤンキースからマーリンズへ移った5~6年前からだった。それは彼の成績が落ち始めてから数年後だった。しかし、その時点で押しも押されもしないメジャーのビッグスターの一人となっていた彼はもうミステリアスな虚像を自らに創らなくても周囲から一目置かれる存在になっていた。しかし、真の「イチロー」はそこで終わっていた。

 それ以後の彼は野球を真剣に楽しむ姿に変わっていった。この野球少年は常に自分を律しながら時にはおどけてリーダーシップを発揮していった。それは以前のイチローに唯一足りなかったピースだった。

 なぜそのピースを加えると戦えなかったか、彼の地でのプレッシャーや差別や圧倒的な体格差は実際戦った彼にしかわからないだろう。周囲(チームメイトをも)を敵とみなして、頑なな姿で防御していた彼は、そのワンピースを加えて、白髪短髪の頭の老兵の外観と合わさって、東京ドームで満場のスタンディングオベーションを受けながら、味方となった相手チームに挨拶をし、味方チームとハグを交わして戦場という遊び場から去っていった。

投稿日:2019/03/22   投稿者:-

 八方尾根は松山から車で800km、10時間。当日は快晴、北アルプスの峰々が雪を頂いて眩しい。黒菱の最終リフトを降りて小山を上ると向こうには黒部ダムや黒部川が見下ろせるらしい。私は登ってないので、次回の楽しみにしたい。

 昼時にスキー場のレストランへ入ると、まるで外国へ来た様な気になる。4割が白人(主にオーストラリアから)3割がアジア系の人たちで、日本人は少数である。レストランの従業員も外国人が多い。噂には聞いていたが、コース上では帽子、ゴーグル、マスク等で国籍不明だったが、ここに入るとよくわかる。同宿の風呂で話しかけた人もオーストラリア人の私と同年輩の人で、10日間この白馬に滞在してスキー三昧の日々だという。wellcome to Japan,しっかり日本を楽しんでください。でも外国人がいないとこのスキー場はやっていけないな。滑りはと言うと、当時は恐れおののいた最上部のコブの壁もぎこちないながら降りてくること数回で、壁克服の成果は出ていると思う。

 さて、帰松後の1週間後の休みとさらにその1週間後の先日の休みに石鎚スキーへ今シーズン営業最終日らしいので、とりあえずの滑り収めをしてきた。8ケ月後の来シーズンが楽しみである。完全に再ハマリとなっている。

 

投稿日:2019/03/10   投稿者:-