今朝は心地よい疲労感で目覚めた。昨日は今季週末6度目のスキーに行き、次第に強度と本数を増して来ていたので今回は自分としてはかなりハードに滑ったのである。先週はスノーボーダーに追突され、頭部をしこたま雪面に強打したものの、ヘルメットの恩恵を受けて頭は無事だったのであるが、その後遺症で首周りは軽度のムチ打ち状態になり8日経った今でも温感シップを張っており、ぎっくり腰の直りかけも合わさりオーバー目に言うと満身創痍状態であるのだが、気分は良い朝であった。
今私はスキーに再ハマリしている。眠りにつくときもターンのイメージトレーニングしながら寝入っている。ここに来て20代30代に出来なかったターンが出来だしたことが楽しさの一番の原因であるのだが、最近感じていたスキーの奥深さとスキーリフトに乗りながら読んでいる解剖学者の養老孟司先生の本にある人体の奥深さとが相まって、もう少しスキー操作上の自分の体の反応の変化を観て行きたい興味が出てきたのも一因である。
具体的に言うと、滑りの変化は内足加重にある。これを意識し出して6回目の昨日それがほぼ出来だしたことが、私のスキー技術を一ランク上げたと思っている。今までは一般的な外足加重のみであった。しかし、それでは内足は添え物状態で、エッジが一本しか立ってないので外に膨らみがちになるし、バランスを崩した時の内足でのリカバリーが貧弱であった。内足も無意識に使えることで二本のエッジを立てられ、シャープなターンもリカバリーも容易になる。車で例えると二輪駆動と四輪駆動の違いの様なものである。
さて、私は以前スキーには他のスポーツには無い特別な感情を持っていた。それは人生訓とも言えるものである。スキーで転んで立ち上がる事は、事業や仕事に失敗して起き上がることと類似している。実際私はスキーでは数千回転んでいる。それが最近は転ばなくなった。小じんまりと安全運転で滑ると転ばないが、それではスキー自体が退屈で詰まらない。転ばないスキーは詰まらないのである。だから転ばないような人生は詰まらない。
又、スキーは前傾姿勢を保つことが初級の初日に教えられる事であり大変重要なのだが、斜面の上に立つと上手く滑っているように見える人でも後傾姿勢になっている人が多い。これではスキーは旨くならない。前向きな姿勢や斜面に向かっていく勇気はどんな時も重要である。とこんな人生訓である。スキーに凝っていた若いころ、酔っては偉そうにこんなことを年上の人にも言っていた事を思い出した。
昨日はちょっと上達したが、いろいろやり過ぎて久しぶりによく転び、充実した日だった。 兵頭