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笹は動かなかった

 その日は公私ともに色々あった日だった。概ね、それらは前向きで希望が持て、良い前兆と感じさせる事柄であった。特に大谷選手がホームランを打った日では無かったが、そんな訳で夕方なのにテンションが高まって、こんな日は雨も止んだことだし山へでも登ろうと、帰宅早々運動着に着替えていつもの淡路が峠に登った。

 その下山道でのことである。私がi phoneの音声に合わせて英語でぶつぶつ言いながら下っていると、ガサガサドドとただならぬ物音が下り坂の前方から聞こえた。i phoneへ視線を落としていた私はすぐさまそちらの方へ視線をやった。ものの一瞬ではあったが、視線に入ったそれは巨大なイノシシであった。80キロはあるであろう。道路を一瞬で横切り右上の背丈1~2m程の笹林の中に入っていった。一瞬遅れて20キロ程の子イノシシも母親の後を追って、1mほどの擁壁を道路まで飛び上がり、道を横切って同じ笹林の中に消えた。そして、なぜかすぐ無音になった。

 奴らは雨が止むのを待って晩飯を探しに山から下りて来たのだ。奴らが土を掘り返して餌を探して居たのは道路下の斜面になった柑橘類の畑である。この畑のお百姓さんはこの柑橘は特段商品にするようなものでも無いらしく、お金のかかる猪除けの高圧電線を張りめぐらしてはいない。よって夜行性の奴らも子連れで明るいうちから、それも数十メートル先には人家も車道もある奴らにとって危険なエリアで餌を探していたのだろう。

 私は立ち止まったまま、頭の中で善後策を巡らせた。奴らが笹林の中に飛び込んだ途端に笹を揺らす音も消えたと言うことは、道路から数mほどの処に身を潜めている可能性は大である。そこで、私は大声で怒鳴ったり、中学時代の野球部の発生をしたり、犬の吠え声をまねたり、i phoneの音を最大にして音楽を流したり(これはこういう時は音が小さすぎる)と、奴らを威嚇して、奴らが笹をかき分けて右上の山の方へ消えていく笹の動きを期待して見守った。しかし、笹は全く動かない。奴らはまだそのにいるのだ。

 今考えると、もう一度山の頂上に引き返して、別の下山道を帰途する方法もあったと思う。1時間ほど余計に掛かるが、その時は全く頭に思い浮かばなかった。子供や女性連れだとたぶんそれが思い浮び、選択しただだろう。身近にも猟銃を持っていて腹を牙で刺されて死んだだの、指を持っていた菓子ごと食いちぎられただのと聞いていると、私も結構勇気がいる判断をしたものだ。

 私はその場にどれくらい留まっていたか分からない。実際は数分だったかもしれないが痺れる時間帯であった。

 私はゆっくり歩き出した。例の音だの野球の掛け声だのを出しながら、それも大声ではなく、(ここに無害な人がいてお前らには何もせずに目の前を通ることを知らせるという意味で)決して走らず、かと言ってゆっくりでもなく、奴らの笹ごしの視線と私の臭いを数mの距離で感じさせながら、半分はどうにでもなれ、と腹をくくって下って行った。

 色々あったこの日は、最後にもインパクトを残した日だった。兵頭

投稿日:2021/09/16   投稿者:-
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