さて、末娘であるが只今、アメリカ・ロスアンゼルスで奮闘中である。
本来今は、フランス・リヨンで料理の下積みで奮闘中の予定のはずであったが、料理熱が冷めたのか、フランス語が手に負えなかったのか、何か別の理由があったのか知らないが、いつの間にかアメリカ行きを言い出した。今回も全て本人が手配や段取りし、一人で異国の指定場所の寮までたどり着いたのだから、その行動力は素晴らしいものがある。しかも、彼女の旅行直前の貧弱な英語力からその行動の偉大さを私は理解している。
今回の計画は、異例とトラブル続きだった。まず、私も父親らしく行きは同行して現地での寮を確認してトンボ帰りの予定だったが、新型コロナ・オミクロン株の影響で、帰国後成田で強制的に最短3日間の隔離生活が必要と出発直前に政府が発表し、同行はキャンセルした。こうして彼女は一人での旅立ちとなる。
今後の波乱の旅程を暗示する様に、行きの飛行機は揺れたらしい。普段、どこでも即刻寝れて、どんなにしても起きない(中学時代の授業中、一番前の中央の席でいびきをかいて寝ていた伝説の猛者である)のが少ない取り柄の一つだった彼女が、12時間の飛行時間中3時間しか寝れなかったらしいから、シンガポール航空はどんな曲芸飛行をしていたのであろうか。
ロスアンゼルス空港から予約してあるホテル(映画の舞台に何度も使われたデカいホテル)まで、電車・バスを使えないので、タクシーで45分間普通は緊張するものだが、やはり彼女は爆睡していたらしい。
ホテルに着いたら着いたで、私の名前で予約しているので中々入れてもらえず、30分粘ったが断られたので、最後の手段、女の泣き落としを使ってようやくチェックイン出来たらしい。娘も中々やるわい。
さて、2日後の午後、入寮の為に現地を訪れると、誰もいないしそんな雰囲気でもない。管理人も不在で、周りも夕方薄暗くなり始め、こんどはホントにべそをかき始めたらしい。万一の為に近くのホテルを探して最悪時の抑えをしてから、寮に帰ると今度はやっと入ることが出来たと言う。
今日連絡があった処によると、今度は新型コロナの濃厚接触者となったと言う。娘が入寮する前日まで居た人が陽性者と判定されたので、彼女もPCR検査を明日受けるらしい。中々授業まで辿り着かないが、これも良い経験、思い出になるだろう。