「光の国」

  私が日課として運動を始めたのが40歳代後半からで、それから15年程経つ。高校卒業以来の遊びではない運動であり、初めは自転車とランニングから、それに水泳を加えたらトライアスロンになるな、と数年後から水泳を始めた。水泳は子供のころは県でトップレベルだったので自信はあった。それからしばらくトライアスロンとロードバイクの競技会での好成績を目標に練習を励んだ。マラソンを走ったのもそのころである。それが50歳代前半から後半までの5~6年間である。

 50歳代後半に軽い脳梗塞(後に病名が突発性全健忘に訂正される)になり、そのことがきっかけで無理が掛かる競技会への参加は止めた。それまでは早朝あるいは夕方この3つの運動のどれかを全力でやっても翌朝には疲労も全て取れていた。競技会出場の為の目標意識とランニングハイ、スイミングハイ、ロードバイクハイでの高揚感が疲れも忘れさせる好循環を生んでいた。

 そして競技会を離れ、それほどの負荷を掛けずに3種を続けながら、新たに近くの小山への登山を加えた。それは息抜き程度のものととらえ、プールが休みで風が強く雨模様(ランニングと自転車困難)の場合にカッパを着て山に登った。それでもメインの3種に比べ気易かった。森の木々の下、岩や落ち葉の上を歩くことは気分転換にもなったのだと思う。

 それから、ウォーキングを加えた。ケガ人か後期高齢者でもあるまいし、山登りは未だしもウォーキングを運動とするのは抵抗があったのだが。

 しかし、競技会も止め60歳を超えた辺りから前日の運動の疲れが翌朝も取れない日が出て来るようになった。そのころ、過労も高血圧の原因の一つであることも知り、無理に強度を上げた3種の運動に固執せず、山登りやウォーキングを増やしたり、冬はスキーを加えたりして気分転換を図りながら何らかの運動は現在続けている。

 

 今朝はロードバイクでいつもの重信川コースを走った。このコースは10年前の競技会へ出ているころは52分くらいで家まで往復できたのだが、今朝は68分掛かった。強く踏んでも60分は切れないだろう。これが現状である。

 しかし、早春の朝の冷たい風を切って、正面から昇る太陽に目を凝らしながら全力でペダルを漕ぐと、今でも「光の国」を見ることが出来る。ロードバイクハイと言うのだろうか、その全能感、無敵感、肯定感がこのレベルでも感じられるのである。競技性は無くても、これが一番の運動を続けていける理由である。兵頭

 

 

 

投稿日:2022/03/11   投稿者:-
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