日記 2018年11月 | 松山市周辺の不動産をお探しなら株式会社青い国不動産にお任せ下さい。

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日記

DIARY

 自分自身の壁を破るという事は嬉しいものである。それが体重と言う、人から見たらどうでもいいような小さなことでも、である。

 私はここ数年67~8kgを維持していた。4年程前になる軽度の脳梗塞疾患時の医師の指示は65kg(私の身長から計算した理想値BMI=22が65kgである)であったので、常に2~3kg多かったのであるが、これが中々落ちずにいた。ダイエットしようが、サウナに入ろうが、運動を多めにやろうが、一時的には減ったとしてもしばらくすると必ずホームへ帰ってくる、忠実な犬の様であった。

 この理想の数字は私にとっては意味深いものでもある。すなわち、脳梗塞疾患時から日々継続して血圧を計り、定期検診ではコレステロール値、中性脂肪値、血糖値、その他の数値に注視してきたのであるが、これらの数値一つを落としても、他が落ちない或いは上がっている等中々全てをコントロールするのがモグラ叩きの様に難しいものであった。そしてある時気づいた。体重をコントロールすれば全てをコントロールできると。

 暑かった夏も終わり、涼しくなった10月ごろ、今までとは異なる試みを始めた。①夕食後2時間バランスボールに乗る。②毎晩だったアルコールを1日置きに減らした。③減らしたアルコールに合わせて1日置きに夕食量を減らした。

 強固だった壁を壊したのだから、もっと色々あると思って思い浮かべてみると変えたのはこれ位であった。要は夕食後のカロリー摂取を抑える、これだったのだ。

 今は65~66kgを維持しており、血圧始め他の数値も良好なものに落ち着いている。たかがー2kgされど私的に大きな意味を持つ2kgである。

 

投稿日:2018/11/23投稿者:-

 大谷選手がMLBア・リーグ新人王を取った。普通に考えれば、当然の結果だったが、トランプ氏が大統領に成った国である。何が起こるか分からない。しかし結果は圧勝であった。二番手ヤンキースのアンドゥーハも優秀な成績でだったので、接戦を予想していたコメントが多かったが、それだけ画期的な活躍だったと言う事だろう。日本人が見るよりもアメリカ人が見る方が。

 100年近く昔のベーブルースが比較対象になる記事が多かったが、日本で考えるよりもスポーツや文化面の過去の偉人に捧げるオマージュは我々日本人が予想する以上である。日本の場合は幕末の武士には過剰に脚光が浴びていると思うが、スポーツや文化は言うに及ばず、政治家や経済人その他の分野の偉人も物知りだけが知っている程度である。大谷選手は日本で同様の成績を収めても、東洋の小さな島国で一部の人から一時騒がれた歴史が残るだけだろうから、アメリカ行きは大正解であろう。彼もアメリカが騒ぐ事により、その余波は日本だけで騒がれるよりも、日本にも及ぶ効果は大きいとは事前には予想しなかったであろう。 大谷選手は来季、打者一本での勝負になるが再度ファンを驚かされる活躍をすることだろう。

 メジャーリーガーでもう一人、過去このブログで何度か取り上げ、松山坊ちゃんスタジアムで大学選抜の試合をこの目で見てから、他の日米選手と余りにも桁違いのスピード(以前このブログで、人間の運動会にチーターが紛れ込み徒競走の選手らをあっという間にゴボウ抜き、と形容した覚えがある)を見せつけられてからウォッチングしている、ワシントンナショナルズのトレイ・ターナー選手。今期はセンターから本職のショートに戻っての初タイトルである盗塁王を取った。私の予想では長身細身の彼がもっとパワーを付けて、トリプル3(打率3割、30本塁打、盗塁30)をさらに先には本塁打王争いもするんではないかと薄々感じている。

投稿日:2018/11/18投稿者:-

 昨日、久し振りにバイクウェアとしてのブラウンの古い革ジャンに腕を通す。いつ振りか思い出せない。10年否20年それ以上か。その時もまともに着た覚えは無く、その重さにこれゃダメだ、と元のハンガーに掛け直したと思う。買ったのは30歳手前だった。その時でさえ、バイクウェアとしてのその寒さと、重さに抗して着る、と言う感じだった。そういえばカナダへの新婚旅行のスキーツアーもこれを着て行ったが、バカみたいで私らしい。(当時はバイクとスキーの融合を考えていた事を思い出した)メンテナンスは5~10年置き位に思い出した時、ワックスを塗るくらい。全く捨てる気にならない。

 昨日はなぜか着て乗る自信があった。最近色々な事があって「やってやろう」と気力が満ちており、体力もそれに応えれる準備が出来ていたのであろう。最近ちょっとスリムになったので、サイズがデカい気がするが中に色々着こむにはいいだろう。それで寒さはいいとして、さらに重さが嵩むか。

 実家は牛を飼っていた。3~4頭のホルスタインである。病気か種付けか分からないが、たまに獣医が来ていた。彼が乗ってきたのが、前後にエンジンガードが付いた黒い大型バイクで着ていたのが黒い革ジャンだったと思う。子供の私からは体のデカい男臭い(獣臭い)カッコいい人が来ている、と記憶にある。これが最初の出会いか。

 男は革ジャンに憧れた。私も含めて最近の薄い・軽いウェアを着ていると、体は益々楽なものを求めるので、革ジャン程度でも敬遠される。洋画では今も昔も街着(バイク転倒時のケガ防止のための分厚い牛革ではなくて)として革ジャンが普通に着られているのを見るが、日本ではハーレー乗りが揃いの黒の革ジャンで連なって走るときにしか、生き残っているのを見ない。反権力イメージも今は昔。気力体力不要の街着用のものが一つ欲しいと思っている。

 その日、私は晩秋の青空の下、もちろん古い革ジャンに身を包んでその重みに頼もしさを感じながら、いつもの山道を走った。

 

投稿日:2018/11/11投稿者:-

 前回に引き続き、家族について。

 妻が思いがけないもらい事故で入院して1週間になる。家庭は今まで支えていた柱を失うことになった。しかし、家族の各自が今まで妻あるいは母親任せだった家事と、家事を一切しない次男の世話の全てを、娘二人が負う覚悟を決め、各自の分担をしっかり者の末娘が一覧表に書き込んで冷蔵庫に貼り付けた。(妻が見舞に来た末娘のいつも柔らかい顔が厳しくなっている、と言っていた。)

 末娘は朝5時に起き、家族の朝食と自分の弁当を作り、学校から帰宅後の夜は食器洗いと洗濯。長女は犬の散歩と食器洗い、帰宅後は買い物、夕食作り、洗濯物の取り入れ。これらの家事を愚痴一つこぼさず坦々と手際よくこなす。

 妻がいる日常は、各自自分の好きな食事作りそれ以外はほぼ何もせずスマホやテレビを見て、見飽きたら自室でゴロゴロしている一見、これ将来はどうなるんじゃ、と日頃の杞憂はこれで吹き飛んだ。

 雨降って地固まると言うのかな。家族がギュッと結束した事を感じる。家庭の危機と察知して本能の危機スイッチが入るのだろう。しかし、次男はガミガミ言う人がいなくてもマイペースを崩さない。

 妻の誕生日、入院中の彼女のもとへ私と子供らが集まり、誕生日を花束とケーキで祝い、ケガの恢復を祈った。

投稿日:2018/11/09投稿者:-

作家の大江健三郎氏のエッセイ「恢復する家族」(講談社文庫)にニタッとしながらうなずきく文章があった。「僕が今もっとも誇らしく思うことは、障害を持つ自分の息子に、decentな、つまり人間らしく寛容でユーモラスでもあり信頼に足る、そのような人格を認めることです。又、この障害児と共生することで、彼のような性格に、家族みなが影響を受けてもいることです。」

 私の次男の事は以前、私が彼の通った特別支援学校(中・高)のPTA会長時代にはたびたびこのブログに書いていた。久し振りに彼の事を書こうと思ったのは、上の様な大江氏のエッセイ(特に知的障害者の長男を中心としたエッセイである。彼を含め大江氏の周りの人たちの心の恢復が書いてある)を偶然読んだからである。ご存知の方も多いと思いますが、大江光氏は音楽家でもある。

 私の息子にはそのような芸術の才能は今のところ見受けられないが、私の息子も23才となり福祉作業所の若手ホープとして日々労働者として嬉々として作業所に通っている。そんな彼は親の私から言うのも何なのですが、穏やかでユーモアがあり、寛容で、妹想いと言うように光氏(大江氏の長男の名)と全く同じ良い人間性を日々感じていたので、この文章を読んだときニタッとしてうなずいたのである。そして、家族の中でも彼はボケ役として、母親や妹らがガミガミ、ギスギスしている時何物にも動じないようで、かつホンワカした彼の本領が発揮され、場を和ませるのである。

 思うに特に知的障害者は俗世間の影の部分は理解が出来ないので、人間の良質な部分だけが純化されて残った物のみを引きうけているのではないか。光氏も私の次男も非常にそこは似ていると思うのだが、こんな薄っぺらな理解しか出来なくてよく障害者の親がやっておれるな、とは彼は指摘しません。日課のいつもの歌のいつものフレーズを熱唱しているでしょう。 

投稿日:2018/11/04投稿者:-
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