日記

DIARY

 昨日、革靴のヒール(カカト)を交換した。on/off共に履く靴だが、甲の部分が高くなっているので、夏は熱気がこもるので、もっぱら秋から翌春までの使用にしている。そんな理由で3年目で初めてのヒールの交換だった。ビジネス用は5年で3回ほどはヒールを替える。その内1回はソール全体をかえる。

 先週は10年ほど使ったロード自転車用のビンディングシューズを替えた。締め具のマジックテープが利かなくなってもだましだまし使っていたが、よく使っていたものだ。今までの黒色から最近はやりの明るい色の中から白を選んだ。早朝の暗闇を走る際目立つためだ。

 昨年末に、山登り用の軽登山靴を替えた。濡れた岩場の下りが滑るようになったからだ。これは大けがに繋がるので、まだ1年半ほどであるが新調した。前の奴は平坦な所なら問題ないのでウォーキング用にした。元々は履き心地は素晴らしいので、長く履けるだろう。

 革底の靴を1足持っている。これが履き心地が又いい。小石や砂を踏んだ時の踏みつぶす様な独特の硬質の踏み心地が新鮮だ。夏蒸れないのも使ってみて分かる意外なポイントだ。流行りのスタイルじゃないのが原因だろうか、ハードオフで5千円だった。見る目が無いと思う、世の中の人は。

 私みたいに動くのが好きで動いてナンボの人間は、身に着ける物の中では靴が最重要ポイントだと思う。靴がいい加減なものだと、歩くのも走るのも楽しくないし、疲れやすいので、すぐ座りたくなる。時には危険な場合もある。

 カカトを踏んだ靴や汚い靴を履く人を見るとガッカリする。美男でも美女でも、誠実そうな事を言う人でも、肩書がある人でも、靴はその内面と実力を表していると思う。

 

 

投稿日:2019/01/25   投稿者:-

  昨年暮れから三度目の訪問である、高知県境にある道の駅の温泉。このブログでも何度か取り上げたが、雪見の露天風呂を味わえる四国では滅多にない、私のお気に入りの場所である。しかし、この暖冬のせいで三回とも雪は1mmも無かった。

 でも私なりの別の楽しみもある。風呂の中に読みかけの文庫本を持ち込み、露天風呂でもサウナの中でも読書timeとする。昨日はお客が3~4人いて、多いなぁと思ったほどだが、日頃は良くて1~2名と閑散としているので出来るワザである。特にサウナは読書に夢中になると、あっという間に時間が経つので砂時計など不要である。露天風呂への持ち込み時には、勿論湯舟に本が落ちないように風呂桶の中にタオルを入れその中に本を入れて浮かして読む。自宅の風呂ではこれに加え、飲み物とつまみを持ち込むが、さすがにそれはダメだろう。

 さて、今日は長女の成人式があった。昨日まで行かないことにしていたものを急きょ変更して行くと言い出したらしい。妻は大急ぎで貸衣装屋に走り、無事今日に間に合った。人付き合いの苦手な長女が勇気を振り絞って いじめのあった学校へ行った事、当時の級友や先生と話したと聞いた時は、私は何より嬉しかった。

投稿日:2019/01/13   投稿者:-

 新年あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。

 新年とは言え、年末年始スーパーは開いているし、土手やグランドで凧揚げやコマ回しをする風景もない。和服姿も全く見ない。締め飾りを付ける家も少なくなった。これでは普通の月の連休と余り変わらない。数少ない違いと言える年賀状のやり取りも、若い子たちはしなくなった。お年玉のやり取りと言ういわば実利のみ生き残っているようだ。♪もう少し寝るとお正月♪ この子供時代のワクワク感が味わえなくなってしまうのは、ちょっと寂しい気持ちになる。

 さて、昨年の今頃、その前年(一昨年)に走り、漕ぎ、泳ぎ、登った、総走行距離をまとめて、松山から北海道宗谷岬、日本海を渡ってシベリア鉄道の始発駅ウラジオストク。そこから北上しハバロフスク、さらに西進して終点のモスクワへの机上で旅を書いた。その時はハバロフスクから280kmの町、オブルチェまで行ったことになり、一昨年を締めた。総走行距離は日本国内分を含めて3163kmであった。

 昨年一年間の種別の回数と距離は次の通り。山登り101回 65km、自転車79回 1975km、水泳82回 162km、ジョギング45回 360km、計3145km。昨年より総距離が少ないのは10月に左踵を痛めて、いまだにジョギングが出来ないのだが、それを距離の伸びない山登りや水泳に変えたためだろう。

 さて、オブルチェから3145km西の町(駅)はと言うと、地図でみるとバイカル湖のほとりの町イルクーツク(2875km)を超え、120km先の「チェレムホボ」へ着く。ここはロシア中部に位置し、人口7万人、炭鉱の町らしい。

 シベリア鉄道の総距離は9000kmなので残り5000km余り。今年一年では無理なので来年の夏過ぎにはモスクワへ到着するだろう。そこから西へ行って何年後に大西洋の港町(ポルトガルの首都リスボン)まで行けるだろうか。

 

 

投稿日:2019/01/08   投稿者:-