日記 2020年10月 | 松山市周辺の不動産をお探しなら株式会社青い国不動産にお任せ下さい。

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日記

DIARY

 最近よく私にとっての車とは何か、乗ることはどういう事なのか、という事を考えていた。

 私は十数年前にリターンライダーとなってからは、車はバイクの補助的なものになった。私が車に乗るのは、大きな物や人を乗せる為か、雨雪の為か、バイクに乗り疲れた時かのいずれかだった。車に希望は託さなかった。そのころは、バイク2万キロ、車1万キロの年間走行距離だった。

 5年ほど前にこう思った。車もバイク並みの楽しさを味わえないものだろうか。それからその様な車を買って、楽しさを求めて色々な所を走った。スピードを出し峠道のカーブも攻めて走った。遅い車はどんどん抜き去った。それはそれで以前乗っていたハイブリッドカーに比べたら良かったのだが、それでもそれ以上バイクに近づこうとしたら、さらに市街地でもスピードを上げ、峠道のコーナーでも攻め立てないと、無理だという事に気が付いた。それには他人を事故に巻き込むリスクを覚悟で峠道専用仕様の車を買うか、一桁上の高い車を買うかであろうが、多分それでもバイクには並びはしないだろう。否、それらの車は益々高速でもコーナーでも安定性を増して、私が思っている方向と違った方へ行ってしまうだろう。

 余談だが、最近の車は自動運転だの自動ブレーキだの、よく効くブレーキ、エコでパワーのあるエンジン、衝突安全性や乗り心地向上等で益々大きく重くなっている。本当の意味でのエコでも高い安全性がある訳でもないのではないだろうか。間違いないのは、あなた任せの技術に囲まれて、自分の頭で考えることを止めることを強いられることである。荒野を目指す私にとってそれは、命に係わることなので、その部分は大事にしたい処である。

 本題に戻るが、この様に車に希望を託したが限界を超えられず、私にとって車とは何かと冒頭の問い掛けを自問していたのである。そして、行きついた結論が、ディーラーのショーウィンドウ越しの姿に一目惚れした古くて真っ赤なオープンカーだった。スピードもコーナーリングも放棄したような、以前の方向とは真逆の車である。

 ある天気の良い休日、松山の郊外の国道で信号待ちをしていた。以前なら、信号機ははやる気持ちを邪魔する障害物の何物でもなかった。しかし、その時に乗っていたオープンカーから空を見上げていたら、このまましばらく信号待ちしていても悪くはないなと思った。私の選択に間違いは無かった気がした。兵頭


投稿日:2020/10/29投稿者:-

 元々私は、スポーツカーの狭い空間は苦手だし、CTスキャンのちくわ状の穴の中にも二度と入りたくないと思っている。もし私が潜水艦の搭乗員に任命されれば、間違いなく発狂するだろう。

 一方、高校時代は授業の合間の休憩時間には必ず屋上に上がって風に当たっていたり、今は銭湯に入るとほとんど露天風呂にいるし、夜には縁台の寝転がり星をみてるし、バイクが無いと生活できない。運動好きだが屋根のあるスポーツジムや体育館ではやりたくないので、プール以外は全て屋外でやれるスポーツを続けている。この様に改めて振り返ってみると、私は真の屋根嫌いの人間であることが今回初めて分かった。

 私がオープンカーに巡り合い、引き寄せられたのは運命の出会い、必然だったのかもしれない。今まで色々な車に乗ってきたが、それは見栄であったり家族構成や仕事の都合であったり、流行りであったり、好奇心であったり、営業マン乗せられたりと真に乗るべき車ではなかったのだろう。だから、安い車をちょこちょこと買い替えていたのだと思う。心の底では似合っている一台の車を長く使っている人が時々羨ましいかった。それはそんな理由だったのだろう。

 そのような訳で、7月27日にこのブログに書いた「大切なもの」の車にはオープンカーが入ると思う。今乗っている分かどうかは今後次第だが、私にとっては真ん中に空いた重要なピースが埋まることになるので、慎重に吟味していきたいと思う。

 能書きをもう一つ書いておくと、バイクは楽しい、オープンカーは気分がいい。両社の特徴を一言で表せばこんな感じだ。

 それでは、週末には屋根を開けて自然の風を入れ、気分よく走ろう。兵頭

 

投稿日:2020/10/15投稿者:-

 私は自然の風が好きだ。夏季なら、家でも車でも同居人や同乗者が不快と感じるまでは、エアコンよりも窓を大きく開けて自然の風を取り込みたい。冬季でも、暖かい室内よりも厚着をして屋外で食事をしたい。

 この趣向は生まれつきではなくて、2~30年ほど前に一時期山登りを趣味としていた時期があり、汗をかいた後、木陰で一休みする時のそよ風の心地よさに気付いてからである。

 その延長線上にあるのが、趣味のバイクと言えると思う。バイクこそ自然の風を五体に浴び、加えてスピード感や浮遊感を感じれる現代の鉄馬である。

 車にはその様な付加価値は無い、と思っていた。オープンカーは似て非なるもので、年を取り手足のどこかが不自由になり、バイクを乗れなくなったら乗ろうかなと思っていた。

 事実、町で見かけるオープンカーは皆、屋根を閉じているではないか。車の雑誌などでも、読者感想とかで買ってから屋根を開けて走ったのは数回しかない、とかの文も読んだ記憶がある。日本の高温多湿で多雨の気候に向いていない。あれは雨の降らないカルフォルニアの乗り物だ。夏は暑すぎて屋根を開けて乗れない。冬は寒すぎて屋根を開けて乗れない。目立ちすぎて屋根を開けれない。二人乗りで実用性が無い遊び車だ。等々、否定的な言い訳は山ほどある。

 一方、それでもオープンカーは走っている。数は多くなく、屋根は閉じたままが大半だが、注意してみると結構走っている。でも、彼らは否定的な言い訳に反論しない。聞いたことが無い。

 8月の暑い盛りに、私は古くて真っ赤なオープンカーを買った。乗って初めて、彼らが否定的な言い訳に反論しない訳がそこで分かった。言い訳は風に流して、気持ちが別次元にいるのだ。

 屋根を閉じればそれは車と同じ実用的になるが、屋根を開けてもそれはバイクと同じにはならない。ヘルメットを被らないでバイクに乗る感じ?ではなく、もっと不自由であり、自由であるとも言える。

 まあ、兎に角、人生60数年で初めてのオープンカーで四季の風を楽しみたい。兵頭

 

投稿日:2020/10/09投稿者:-

 昨夜、雷鳴が遠退き雨も止んだので、ほろ酔い気味で外の縁台に寝転んで、不定期に光る遠くの雷光を探したり、流れる雲や星々を観たりしていた。最近はよく蚊取り線香を足元で炊いて、寝る前の1時間ほど室内から漏れ聞こえる音楽を聴きながら、縁台の上で寝転ろんで上を見上げるのが習慣になっている。

 30分経った頃、雲が薄れ夜空がさらに明るくなった。薄雲の後ろにある月が普段よりも明るい。さらに雲が晴れ、月が現れるとその満丸さと明るさに私は小さな感嘆の声を上げた。1日早い中秋の名月である。

 昔から歌人も多く詠んでいるが、寝転んで観る人は少なかっただろう。しかし、月にしろ星々にしろ雲にしろ、寝転ぶと見え方が180°違って見える。まるで自分が宇宙から眼下に広がる地上の雲や宙の月、星々を観ているような軽い錯覚を覚える。

 その日の朝日新聞に次のような俳句の紹介文があるので、拝借して記しておく。私の愛読コーナーの一つで、毎週楽しみにしているもので、ピーター・J・マクミラン氏の古典俳句を英訳し、解説したものである。この文書をこの朝に読んでいたので、今見ているのが中秋の名月だと分かったのである。

「米くるる友を今宵の月の客」(笈日記/松尾芭蕉)I enjoy with my friend,-who brought me rice,-the exquisite(極上の)full moon of this night.

-その解説文-。古来日本人は月を愛し、好んで文学に登場させた。和歌では四季、恋、哀悼、別離、旅など様々な主題が詠まれたが、月はその全てに重要なモチーフとなって現れる。満月、三日月、朧(おぼろ)月、果ては雲に隠れて見えない月まで、全ての月が愛されたことが日本文化の大きな特徴だ。地上を遍(あまね)く照らす光は、悲しみ、喜び、祈り、あらゆる人の心と結びついたのである。四季の中では、何より秋の月が愛された。旧暦八月十五夜の「中秋の名月」、九月十三夜の「後の月」は、現代でも愛でられる。今回の句に登場する「今宵の月」も、元禄の世の中秋の名月だ。

 元禄4年(1691年)、芭蕉は義仲寺(現・大津市)の無名庵に滞在していた。そこに門人の水田正秀らが訪ねて来る。正秀は大津の裕福な人物で、無名庵の建築も支援した。その折詠まれたこの句は、「徒然草」117段に「よき友三つあり。一つには物くるる友」(よい友は三種類ある。一つは物をくれる友達)とあるのを踏まえる。日頃の支援への謝意と親愛の情をユーモアたっぷりに伝えつつ、「よき友」と名月をともに愛でることができたかけがえのない喜びが重ねあわされている。芭蕉からお米の礼状もこの頃かかれているから、「米くるる」は現実でもあるが、そこに先日取り上げた、兼好法師と友人の頓阿のエピソードが重なり合う。兼好は「米たまえ」「銭もほし」というメッセージを歌に隠して送り、頓阿は同じ技法を使って「米はなし」「銭少し」と返して、ぴったりの息の合った見事なやり取りを見せたのだった。

 日本は「日出づる国」の名を持つ。だが、「竹取物語」や和歌の世界を思う時、私にはむしろ「月の国」に感じられる。今年は明日(今日)の夜が中秋だ。ZOOM上であっても、親しい友と共にお酒でも飲みながら、月を愛でてはどうだろうか。たとえ離れていても私たちは同じ月の下にいる、というのは多くに国々で、古くから愛されてきたテーマなのだから。

 芭蕉も読んだ中秋の名月を題材に私も一句と思ったが、寒くなったので家に入ることにした。

投稿日:2020/10/01投稿者:-
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