日記

DIARY

  今年の白馬行は折から大雪警報の中、雪国の醍醐味を存分に味わう事ができた。

 滞在中ずっと雪は降り通しで、車は常時数十センチの雪を乗せて走っていた。愛媛で抱いていた雪恋しの気持ちも、雪の壁の中を走るだけで充足された。ここでまず、遠路やはり来て良かった、と思う。

 次に、田舎の田園風景の雪景色である。白と黒の墨絵の中に雪が舞う中、車を停めて愛媛の友にこの風景をお裾分けしようと携帯のシャッターを押す。或いは降りしきる夜の雪の中、宿から漏れる灯りに携帯カメラを向ける。ここで又思う。来て良かった。

 そして、ホワイトアウトの中でも目を凝らして吹き上げる雪に逆らって滑り降りる新雪の心地よさ。しかし、やはり思うのは、晴天の下での爽やかなシュプールであった。兵頭

 

投稿日:2022/02/28投稿者:-

 昨日も先週に続いて小田スキー場へ行って来た。先週の寒波により、道路も山道は冠雪し、スキー場までの残り30分程は雪道ドライブを楽しめた。ゲレンデの状態も最高で、まだ新雪の残る中を飛ばした。昨日は気温が低すぎて手袋を脱いでおられず、いつものリフト上でのアイフォンでの英語学習は出来なかったが、これだけは仕方がない。お陰で雪質がよかったのだから。

 ところで、私はスキーをした日はどうしたわけか「良い一日」だったと思ってしまう。前回の日記も今回のもタイトルにそう書いたが、何故だろうか。他のスポーツ、例えばいつもやっている水泳、ジョギング、自転車、山登り、ウォーキングこれらをやった日でも、今日は良い一日だったとは絶対思わない。一日のスイッチを入れる為と健康維持が目的なのであるから。

 時間の問題だろうか、スキーをやるには朝から夕方まで(実動は10時位から15時位までで、行き帰りの車移動を含めて)、ほぼ一日掛かりである。一方、他のスポーツは移動時間含めて1~2時間で完結する。そのアドレナリンの発生量のせいだろうか。

 では、純粋なスポーツではないが、バイクツーリングや車のドライブも長時間になることがある。しかし、この私の趣味と言えるものでも「良い一日」だったと、思ったことがあっただろうか。否、記憶にないな。アドレナリンもそれなりに長時間出るには出るだろうが、「疲れたが、面白かった」 そこまでである。一日と言う俯瞰的なまとめは出来ない。

 それは記憶が重要な働きをしているのではないだろうかと思う。十代終わり頃~二十台後半まで過ごした東京、そこでの冬の思い出としてスキーは強烈に私に残っている。必ず泊りがけで、場合によっては夜行バス・列車で当時の友人らと出かけた思い出が、この種目独特の寒さ、恐怖感、大自然の中と言う皮膚感覚や状況設定と相まって、スキーを私の中では別格のものとして扱っているのかもしれない。

 そのように考えると、冬には冠雪した大きな山々が見える処に住みたい、春には冠雪した山をバックに桜が見たい、という私の心の奥底に眠り、時々地表に現れてくる思いにも合致するのだが。兵頭

投稿日:2022/02/07投稿者:-
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