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日記

DIARY

 私は自然の風が好きだ。夏季なら、家でも車でも同居人や同乗者が不快と感じるまでは、エアコンよりも窓を大きく開けて自然の風を取り込みたい。冬季でも、暖かい室内よりも厚着をして屋外で食事をしたい。

 この趣向は生まれつきではなくて、2~30年ほど前に一時期山登りを趣味としていた時期があり、汗をかいた後、木陰で一休みする時のそよ風の心地よさに気付いてからである。

 その延長線上にあるのが、趣味のバイクと言えると思う。バイクこそ自然の風を五体に浴び、加えてスピード感や浮遊感を感じれる現代の鉄馬である。

 車にはその様な付加価値は無い、と思っていた。オープンカーは似て非なるもので、年を取り手足のどこかが不自由になり、バイクを乗れなくなったら乗ろうかなと思っていた。

 事実、町で見かけるオープンカーは皆、屋根を閉じているではないか。車の雑誌などでも、読者感想とかで買ってから屋根を開けて走ったのは数回しかない、とかの文も読んだ記憶がある。日本の高温多湿で多雨の気候に向いていない。あれは雨の降らないカルフォルニアの乗り物だ。夏は暑すぎて屋根を開けて乗れない。冬は寒すぎて屋根を開けて乗れない。目立ちすぎて屋根を開けれない。二人乗りで実用性が無い遊び車だ。等々、否定的な言い訳は山ほどある。

 一方、それでもオープンカーは走っている。数は多くなく、屋根は閉じたままが大半だが、注意してみると結構走っている。でも、彼らは否定的な言い訳に反論しない。聞いたことが無い。

 8月の暑い盛りに、私は古くて真っ赤なオープンカーを買った。乗って初めて、彼らが否定的な言い訳に反論しない訳がそこで分かった。言い訳は風に流して、気持ちが別次元にいるのだ。

 屋根を閉じればそれは車と同じ実用的になるが、屋根を開けてもそれはバイクと同じにはならない。ヘルメットを被らないでバイクに乗る感じ?ではなく、もっと不自由であり、自由であるとも言える。

 まあ、兎に角、人生60数年で初めてのオープンカーで四季の風を楽しみたい。兵頭

 

投稿日:2020/10/09   投稿者:-

 昨夜、雷鳴が遠退き雨も止んだので、ほろ酔い気味で外の縁台に寝転んで、不定期に光る遠くの雷光を探したり、流れる雲や星々を観たりしていた。最近はよく蚊取り線香を足元で炊いて、寝る前の1時間ほど室内から漏れ聞こえる音楽を聴きながら、縁台の上で寝転ろんで上を見上げるのが習慣になっている。

 30分経った頃、雲が薄れ夜空がさらに明るくなった。薄雲の後ろにある月が普段よりも明るい。さらに雲が晴れ、月が現れるとその満丸さと明るさに私は小さな感嘆の声を上げた。1日早い中秋の名月である。

 昔から歌人も多く詠んでいるが、寝転んで観る人は少なかっただろう。しかし、月にしろ星々にしろ雲にしろ、寝転ぶと見え方が180°違って見える。まるで自分が宇宙から眼下に広がる地上の雲や宙の月、星々を観ているような軽い錯覚を覚える。

 その日の朝日新聞に次のような俳句の紹介文があるので、拝借して記しておく。私の愛読コーナーの一つで、毎週楽しみにしているもので、ピーター・J・マクミラン氏の古典俳句を英訳し、解説したものである。この文書をこの朝に読んでいたので、今見ているのが中秋の名月だと分かったのである。

「米くるる友を今宵の月の客」(笈日記/松尾芭蕉)I enjoy with my friend,-who brought me rice,-the exquisite(極上の)full moon of this night.

-その解説文-。古来日本人は月を愛し、好んで文学に登場させた。和歌では四季、恋、哀悼、別離、旅など様々な主題が詠まれたが、月はその全てに重要なモチーフとなって現れる。満月、三日月、朧(おぼろ)月、果ては雲に隠れて見えない月まで、全ての月が愛されたことが日本文化の大きな特徴だ。地上を遍(あまね)く照らす光は、悲しみ、喜び、祈り、あらゆる人の心と結びついたのである。四季の中では、何より秋の月が愛された。旧暦八月十五夜の「中秋の名月」、九月十三夜の「後の月」は、現代でも愛でられる。今回の句に登場する「今宵の月」も、元禄の世の中秋の名月だ。

 元禄4年(1691年)、芭蕉は義仲寺(現・大津市)の無名庵に滞在していた。そこに門人の水田正秀らが訪ねて来る。正秀は大津の裕福な人物で、無名庵の建築も支援した。その折詠まれたこの句は、「徒然草」117段に「よき友三つあり。一つには物くるる友」(よい友は三種類ある。一つは物をくれる友達)とあるのを踏まえる。日頃の支援への謝意と親愛の情をユーモアたっぷりに伝えつつ、「よき友」と名月をともに愛でることができたかけがえのない喜びが重ねあわされている。芭蕉からお米の礼状もこの頃かかれているから、「米くるる」は現実でもあるが、そこに先日取り上げた、兼好法師と友人の頓阿のエピソードが重なり合う。兼好は「米たまえ」「銭もほし」というメッセージを歌に隠して送り、頓阿は同じ技法を使って「米はなし」「銭少し」と返して、ぴったりの息の合った見事なやり取りを見せたのだった。

 日本は「日出づる国」の名を持つ。だが、「竹取物語」や和歌の世界を思う時、私にはむしろ「月の国」に感じられる。今年は明日(今日)の夜が中秋だ。ZOOM上であっても、親しい友と共にお酒でも飲みながら、月を愛でてはどうだろうか。たとえ離れていても私たちは同じ月の下にいる、というのは多くに国々で、古くから愛されてきたテーマなのだから。

 芭蕉も読んだ中秋の名月を題材に私も一句と思ったが、寒くなったので家に入ることにした。

投稿日:2020/10/01   投稿者:-

 MLB終戦と言っても、優勝決定シリーズは今日から始まっているが、大谷選手の所属するエンジェルスの戦いは終わった。

 彼の成績は打率.190、本塁打7、打点24、と60試合のシーズンとしても物足りない、どころか不調のシーズンだった。ピッチングの方も数イニングのみの出場で全く冴えなかった。ピッチングは利き腕を傷めたのが原因だったが、バッティングの方は腰が引けた、へっぴり腰に崩されたスタイルが目立った。

 日本時代も言われた事だが、フルシーズンを戦えた事の方が少なかったし、大リーグへ行って3年経つがどのシーズンも休場が目立った。才能に体が付いて行かない印象がある。まだ25歳、二刀流の夢を叶える姿をファンの一人として見てみたい。

 一方、ダルビッシュ選手や前田選手はMLBに来て、ベストシーズンだった。サイヤング賞もいけるんじゃないのかというほど素晴らしい出来だった。

 何度かこのブログで取り上げた、大学時代に松山の坊ちゃんスタジアムで全日本と対戦した現在ナショナルズのターナー選手。彼は私の見込んだ通り今季は素晴らしい成績を上げている。打率.335 で4位、盗塁12で第2位、長打率.588で第6位とメジャーのトップ選手に成った。スカウトの気持ちが分かる気がする。兵頭

投稿日:2020/09/30   投稿者:-

 前回この欄で「燈台下暗し」と、地元の道路の良さを記したのだが、やはり信州の道はさらに良かった。こんな道は他には無いだろうと思うような道が随所にあるのだ。

 バイクでは去年の7月以来であった。今までと大きく違ったのは、今回は車(カングー)にバイク(モンスター696)を積み込んでの往復であったことだ。バイクでの高速道路の単調で長時間でリスキーな走行を多少なりとも軽減するつもりであった。慣れないバイクの積み下ろしや車中での固定等の問題もあったが、おおむね新しい試みは成功で今後も継続するつもりだ。特に雨中や夜間走行は車の方が断然安全である。日和った訳ではない。

 この実験も旅行の目的の一つであったが、メインは戸隠神社参拝と、北軽の土地の状態確認、キャンピングカーの雨漏り修理の状態確認である。

 四連休明けを狙ったので神社も参拝者は少なく(去年の5月連休には長蛇の列で待ち時間計測不能状態であった)、台風12号と重なったものの日頃の行いの良さが影響してか、台風が大きく逸れてくれて台風一過の青空の下、中型バイクを思いっきり楽しめた。今まで乗って来ていた大型バイクでは消化不良になるような高速道路以外の道がモンスターでは思った通りピッタリである。

 北軽の土地は前回草刈りしてから1年も経っているので、伸び放題であったので、次回はバイクの隣に草刈り機も載せて行こう。 

 キャンピングカーは雨漏りは止まっていたが、バッテリー上がりでエンジンが掛からず寒さで車中泊出来なかったのは残念だった。予定より一日前倒しでgo to home。兵頭

投稿日:2020/09/29   投稿者:-

 コロナによる外出自粛で、すっかり泊りがけの旅行はしなくなった。バイクでの遠出も無くなった。去年までは年2~3回程度は信州方面に乗って行っていたのだが、今年はダメである。

 行かなくなった今、振り返ってみると、炎天下の高速道路をよく10時間も12時間も二輪で行き来したものだと思う。四輪でも苦痛なのに二輪なら尚更(でもないの)であるが、いづれにしろ単調な反面、危険な行為と見る人もいるだろう。

 私は今でも当然そうは考えていない。信州や東京の2000キロの往復など世界一周を考えれば、アイドリングでエンジンを暖める程度であると考える。

 さて、ではバイクは日常の足として乗る以外は我慢しているかと言えば、それは無理である。そこで、近所の良い道を求めて走るのだが、それが意外と結構有ることに最近気づいたのである。

 まず、良い道とはどのような道であるか。それは、中速コーナーが続くある程度幅があり、見通しが効く道であること。信号や交差点が少ないこと。歩行者や四輪などの通行量が少ないこと、特に大型四輪車が少ない事などである。 

 でも、これは突き詰めるとサーキット場になってしまうが、そこまでの必要はない。目的は他人とタイムや順番を競いたい訳ではなく、バイクとの会話を楽しみながら、スピード感(絶対的なスピードではない)やカーブでの技術・浮遊感、そして頭は研ぎ澄まされているけど無になれる状態を求めているのである。

 それを求めて今まで遠方まで行っていたのであるが、それが松山周辺にも結構有ることを知ったのだ。特に南方面は国道33号線や56号線から入って行く道。東方面は奥道後方面の道。北や西方面は海沿いの道。但し海沿いの道はカーブも少なく、人や四輪車も多いので、日中は行きたくない道である。「ディスカバー地元」も悪くはないなと思っている最近である。気持ち詰まり気味であはるが。兵頭

投稿日:2020/09/08   投稿者:-